朝日新聞で紹介
2018.06.21

 沖縄空手案内センターの広報担当ミゲール・ダルーズが6月16日(土)の朝日新聞で紹介されました。記事は下記に様です。

 

 

 朝日新聞デジタル版は、こちら

 

第三文明社の空手連載
2018.06.19

 ジャーナリストの柳原滋雄氏が沖縄伝統空手の連載で様々な方面で沖縄空手を紹介しています。

1 沖縄空手の本質
2 沖縄空手界をたばねる団体
3 「沖縄詣で」重ねる空手家たち(上)新里勝彦
4 「沖縄詣で」重ねる空手家たち(下)外間哲弘
5 空手普及の功労者(上)糸洲安恒
6 空手普及の功労者(下)船越義珍
7 「空手の日」が創設されるまで
8 空手の種類  競技・武術・健康  
9 空手の淵源と流派 首里手・泊手・那覇手
10 戦後沖縄空手界を支えた重鎮たち

 まもなく、流派の紹介が始まります。

 中には、上地流の友寄、新城、高良、上原、剛柔流の池宮城、八木、久場、小林流の比嘉、上間、少林流の喜友名、松林流の平良、新里、大城、劉衛流の佐久本らの諸先生が紹介されます。

 ぜひ一度ご参照ください。

 記事一覧はこちら

沖縄伝統空手シンポジウムの開催
2018.06.07

~沖縄伝統空手のユネスコ無形文化遺産登録に向けて~

 

日時:6月22日(金)午後7時(会場6時30)

会場:琉球新報ホール(那覇市泉崎1-10-3)

主催:沖縄伝統空手道振興会

共催:琉球新報社

 

  • 基調講演(40分)

   講師            稲嶺恵一氏(元沖縄県知事)

 

  • パネルディスカッション(40分)

   パネリスト    東恩納盛男氏(沖縄県指定無形文化財保持者)

         喜友名朝孝氏(沖縄伝統空手道振興会理事長)

                         田名真之氏(沖縄県立博物館・美術館館長)

                         嘉手刈孝夫氏(沖縄県文化観光スポーツ部部長)

 

  • 質問応答(5分)

 

 入場料無料。なお、入場料整理券必要です。整理券は、沖縄空手会館内「沖縄空手案内センター」にお配りしております。

 

 問い合わせ:沖縄伝統空手道振興会(098-851-3707)

 

仏雑誌「KARATE BUSHIDO」で沖縄空手の特集が掲載
2018.06.02

 

 フランスの武道雑誌「KARATE BUSHIDO」で、ステファヌ・クテル氏による特集記事『空手のルーツ』が掲載された。

 沖縄空手会館第一回沖縄空手国際大会、同県内予選の様子、当案内センターが紹介されました。

そして、世界松林流空手道連盟の平良慶孝先生の写真とミニインタビューも載っています。

 当案内センターで一部を保管していますので、興味のある方は、ぜひお越しください。

 

 取材の様子はこのリンクに確認できます。

 

ぶし、サムレーと士族とは
2018.05.25

 

 

 5月24日琉球新報に、「よくわかる沖縄の歴史~社会変化を読み解く~第3話 按司は武士なのか①」という文化コラムが掲載された。執筆者は、1941年那覇市生まれ、沖縄史学者・農学者、沖縄国際大学名誉教授の来間泰男氏。

 氏の記事では、沖縄空手界でよく使われている「武士・サムレー・士族」という言葉がわかりやすく説明された。下記、来間氏のコラムの一部を引用します。

 来間氏によると、沖縄史には戦いそのものがほとんどない。そして、武士は出てこない。按司という、それらしい者がいるので、これを武士だと思っている人もいるが、按司は武士ではない。武士は、日本史で武士が生まれたが、中国や朝鮮の歴史に出てこない。沖縄にも「ぶし」、「サムレー」と「士族」という言葉がある。それでも、沖縄には武士はいなかった。

 

【沖縄語の「ぶし」】

 沖縄では「ぶし」という言葉自体が違った意味を持っている。それは「力の強い者」ということである。

 国立国語研究所編『沖縄語辞典』には、「達人。武芸・唐手などのすぐれた者、大力のある者などをいう」とあり、「武士の転意」と補足されている。

 言語的には日本の「武士」という語を引き写しながら、それを同じ意味ではなく、「天意」して(意味を変えて)使っているのである。

 言葉だけをみても、日本史の武士と、沖縄の「ぶし」は異なっているのである。

 

【サムレー】

 近世になると「士」が現われる。これは「シ」ではなく「サムレー」と読む。東恩納寛惇「旧琉球の階級制度」(1909年)および同『琉球の歴史』(57年)による。これは日本語の「さむらい」に通ずる言葉だが、これを武士と取り違えてはならない。  

 日本史では、武士の登場以前に、「さぶらう」(候ふ/侍ふ)といわれた人びとがあった。かれらは、天皇や貴族のもとに「さぶらう」、つまり「じっとそばで見守り待機する」人びとである。中には武力をもっている者もいた。武官である。それがのちの「武士=侍(さむらい)」につながっていった。しかし、沖縄の「サムレー」は武装していないので、これらとは異なる。琉球の近世では、王府に勤めている人びと(いわば文官)のことを「サムレー」と言ったのである。

 

士族は明治以降

 近代になると「士族」が現れる。これは、明治維新後に「族称」の一つとして初めて使われるようになったものである。族称には「華族」「士族」「平民」があった。以前の武士身分が「士族」とされたのである。もっと言えば、時代が変わって、武士でなくなった者を「士族」としたのである。そして、琉球の「士(サムレー)」も同じく「士族」とされた。このことを指摘することなしに、「士族」という用語を使うのは誤解のもとになる。