空手道の良さは
2020.07.03

 

 吾が沖縄の祖先が残した空手道は一千年の長い歴史に培かわれ、幾多の重圧に屈する事なく「空手に先手なし」の真理を発見したのであります。「空手に先手なし」の真理が現在も将来も変る事がなく発揮された時に世界の真の平和は生まれると確信するものであります。

 空手道の良さは

  一、空手は一人ででも稽古が出来るしまた多勢一緒にでも練習ができる。

  一、空手は子供でも老人でも男でも女でも誰にでも自由に稽古ができる。

  一、空手の稽古は各自の体力に応じて激しくも軽くも自由にできる。

  一、空手の稽古は狭い所でも一向に差支ない。

  一、空手は胆力のないものに胆力を与え根性のないものに根性を与へる。

  一、空手は健康を増進し仕事の能率をも倍加させる。

  一、空手は人生を明朗化して寿康両全を保証する。

 

 このような理想的な文化財が世界のどこの国にあるでしょうか。こんな小さな島国で長い歴史を通じて「真理は風節に耐える」と云う先人の言葉通り現代に生きつづいてきたのが不思議なぐらいです。

 

 1967年12月10日

 第一回空手道・古武術演武大会

 主催:全沖縄空手道連盟

 全沖縄空手道連盟会長 長嶺将真

 会長挨拶からの抜粋

松村のパッサイの分解
2020.06.22

 これから沖縄小林流空手道協会・志道館無贄塾の館長、県指定無形文化財保持者真栄城守信先生による「松村のパッサイ(パッサイ大)」の分解の動画を紹介いたします。

 下記の動画は、日本本土で沖縄空手の普及に励んでいる沖縄小林流空手道協会所属の先生方によりユーチューブに公開されたものです。

 合わせて同協会所属の松門正先生による型の演武も紹介します。

 

 

首里・泊手系 パッサイ大(松村のパッサイ)

https://okinawa-karate.okinawa/kata-movie/naha-shuritekei-passai-dai/

 

松村のパッサイ(型)部分分解➀~沖縄小林流空手道

https://www.youtube.com/watch?v=6jDn13V_M-A&t=6s

 

松村のパッサイ(型)部分分解②~沖縄小林流空手道

https://www.youtube.com/watch?v=wmxuEKMCiPQ

 

松村のパッサイ(型)部分分解③~沖縄小林流空手道

https://www.youtube.com/watch?v=bUA5nFxb2ME

 

松村のパッサイ(型)部分分解④~沖縄小林流空手道

https://www.youtube.com/watch?v=E7bdDh5mt6g

 

松村のパッサイ(型)部分分解⑤~沖縄小林流空手道

https://www.youtube.com/watch?v=RQEFHlrqoO0

 

松村のパッサイ(型)部分分解⑥~沖縄小林流空手道

https://www.youtube.com/watch?v=20z7DL5JuJ4

 

松村のパッサイ(型)部分分解⑦~沖縄小林流空手道

https://www.youtube.com/watch?v=UJO60BDLyNQ

 

松村のパッサイ(型)部分分解⑧~沖縄小林流空手道

https://www.youtube.com/watch?v=YIyH7Xt2kWA

資料「沖縄空手界智図」の紹介
2020.06.16

 

 沖縄空手界には多くの組織などが関わり、場合によって同業界を把握するのは困難です。愛好家や関係者の理解を深めるために、当センターでは「沖縄空手界智図」を作成しました。 

 日英で作成されたこの印刷物は、沖縄空手会館内にある案内センターでお配りしております。来館の際に、気軽に尋ねてください。

「沖縄空手界知図」のPDF版は、主要組織及び施設のページにあります。

 

国内空手愛好家向けのコロナウイルス情報
2020.06.12

 沖縄県空手振興課と相談したところ、新型コロナウイルス感染症対策の状況がそのまま良好に推移すれば、本土在住の空手愛好家(*)の県内町道場での受け入れは、2020年7月1(水)から可能になります。

 当案内センターのコーディネート業務は通常通り行っていますので、気軽にご相談ください。

 

(*)県内の団体所属の場合は、直接関係する組織とご相談ください。

ちゃんみーぐゎーに纏わる民話
2020.06.09

 ゆんたんざむんがたい(読谷山物語)の民話が公開されています。その中に首里・泊手の拳聖とされるチャンミーグァーこと喜屋武朝徳の民話が紹介されています。

https://www.youtube.com/watch?v=g9MHSPcmEAM

 

 

 

 尚、同様なエピソードは嘉手納町教育委員会発行「嘉手納町の先人たち」(1993年発行)にも紹介されている。

 

 

 18ページにわたる同書内の章「世界にほこる沖縄の空手 - 喜屋武朝徳」では、このような話が書かれています。

 「比謝橋のほとりに家を構えた朝徳は、港から那覇の港(トゥンドー)の倉庫に荷物をはこぶ仕事をはじめることにしたのです。馬車で荷をはこぶので「馬車持人」(バシャムッチャー)とよばれていました。馬車持人の仕事は、とてもきつく重労働です。それだから、馬車持人は荒くれ者が多く、一癖も二癖もある大男がほとんどでした。馬車持人同士のいさかいもたえませんでした。那覇までの道中、道はばがせまいところではお互いにゆずろうとせず、あげくのはてにけんかになります。倉庫につくと、順番をあらそっていさかいは始まります。荒くれものの大男同士、それぞれに腕には自信を持っていました。」

 その後、同様の与那原の大男とのやり取りも紹介されていますが、喜屋武朝徳は、米ふくろではなく砂糖ふくろを足でけり上げたではなく、六尺棒で運んだと語られている。